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2015
04.16

家畜たちのその後

Category: ネパール
実家には番犬の「マウンテン」、鶏数羽、ヤギ2頭、水牛1頭がいた。

鶏は自由にその辺を駆け回りいかにも健康で大きかったのだけど私たちの滞在中に

たくさん頂いてしまったため最後は見当たらなくなっていた…。でも、大丈夫、ニムの

お兄さんは養鶏場を持っているからきっとそこから補充されたはず 

実はお義母さん、結婚のお祝いにと私とニムのために村の人たちも呼んでパーティー

をしてくれようとしていたらしいのだけど、私もオリーブちゃんも着いて早々にダウンした

ため計画は没になってしまった。その時に1頭いる水牛をふるまってくれようとしていた

らしい。前にも書いたけど、この水牛はおばかでニムの妹しか人を寄せ付けず扱いにくい

奴だった、そんなこともあってかお義母さんはこの水牛を食べてしまおうと思ったらしい。

あんなに大きな水牛をどうやって屠るのかちょっと見てみたかったような気もするけど

見なくて良かった気もする。結果的にこの水牛はそのまま生かされることになったけど

私たちが帰国した後しばらくしてやっぱり屠られて人々の胃袋におさまることになったそう。

水牛は「モモ」の具として食べたことがある、肉の味も「牛」とは違うけどそれはそれで

美味しいので村ではどうやって食べたのかしら、新鮮な水牛のお肉私も頂きたかったわ。

そしてついこの間、2頭いたヤギのうち1頭が「チーター」に襲われて食べられちゃった

と妹から報告があった。ヤギが襲われたことよりなにより「チーター」が出ることの方に

驚かされた あの村にはそんな危険な動物がいるのか、何も聞いてなかったぞ 

私も襲われるかもしれないから今度行く時は屋外にあるトイレには一人で行けないと

言ったら今まで人が襲われたことはないから大丈夫だよだって、本当か~?

残されたもう1頭のヤギ、かわいそうに相棒がいなくなったからかチーターに襲われそうに

なった恐怖からかその日以来餌をあげても食べなくなってしまったんだとか。そんなヤギを

不憫に思ったお義母さん、新しいヤギの相棒を買いに村まで出かけたと妹が言っていた。

心優しいお義母さん、いいヤギは見つかりましたか~






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2015
04.15

ネパールの赤ちゃん事情

Category: ネパール
ネパール滞在3週間分は間に合うように紙オムツを持って行ったのだけど
オリーブちゃんが村で風邪をひいてひどい下痢をしてしまったのでオムツが
足りなくなってしまった。カトマンズにある大型スーパーに行ってみると日本
の「○ミーポコ」も売っていたので、ネパールの物価からすると紙オムツの
値段はかなり高かったけど買ってみた。日本で売っている○ミーポコも他の
メーカーのものより少しゴワゴワしているように感じるけどネパールで買った
ものはさらにゴワゴワしていたので日本で売っている製品をそのまま輸出して
いるのでなさそうだ。他にも外国製のお尻ふきやベビー用品も売られていた
けど哺乳瓶や哺乳瓶を洗う洗剤などよく見ると台湾製の物が多かった。日本
ではベビー用品に限らずあまり台湾製の商品を見かけることがないのでとても
新鮮だった。

ネパールの村では赤ちゃんのオムツはどうしているかというと、それはとても
単純だった。布オムツも紙オムツも一切なし垂れ流しってやつ(笑) 聞こえは
悪いけど赤ちゃんのおしっこやうんちだから大して汚くない。素肌にそのまま
ズボンをはかせて濡れたり汚れたりしたら取り替える、いたってシンプル。
濡れたズボンだっていちいち洗うことはなく、天日に干しておけば良いのだ。
ただ、村は気温が低いから濡れたままのズボンを気づかずにはかせていたら
風邪を引きそうだけど…。面白い光景を見た、ニムのすぐ上のお兄さんのお嫁
さんは使い捨ての紙オムツを屋根の上に干して再利用していた(笑) 村でも
紙オムツは1枚~バラ売りしているそうで、30ルピー(30円強)ほど。紙オムツ
の再利用は初めて見たのでおかしかったけど、使えるなら干して何度でも使う
当たり前なのかも。一体何回くらい使えるのか聞いておけば良かった。でも、
なんだかはき心地は悪そう~、というか痛そう。。。

オリーブちゃんの従妹2人はオリーブちゃんより2か月だけお姉ちゃん、でも
まだあの頃は10か月ぐらいだったのかな。それでも離乳食なんてものは関係
なく茹でたジャガイモや茹で卵をもぐもぐと元気に食べていた。一度、オリーブ
ちゃん用のおかゆをあげたけど、一口食べてプイっとそっぽを向かれてしまった。
ホクホクのジャガイモにはかないませ~ん。大人が食べていたネパール国民食
のごはんと豆のスープだって口にもっていってあげれば食べていたぐらいだから
きっともう大人と同じような食事をしているかもね~。でも、従妹2人ともあの頃
はオリーブちゃんよりだいぶ小さかったな、栄養は足りているのか少し心配に
なったもんだ。赤ちゃんに限らず村の子供たちは日本の同じ年の子供に比べる
とだいぶ小さい気がする。元気に大きくなってくれるといいんだけど…。

ネパールで困ったこと…それはみんなに「おっぱいをあげなさい」と言われたこと。
私はビール飲みたさに授乳を半年であっさりやめ(たいして母乳が出なかったの
もあるけど)ミルクにしてしまったのでネパールにも大量の粉ミルクと哺乳瓶を
持参することになり、母乳だったら(母乳だけで足りるほど出たら)ネパールで
どんなに手間暇省けていたかと思うとたくさん母乳が出るお母さんたちが羨ましい
と思った。なんでおっぱいをあげないかという説明はニムが適当にしてくれたから
しくしつこく言われることはなかったけど、なんでこの母親はおっぱいをあげない
んだろうとかなり不思議がられた。ネパールではかなり大きくなっても授乳をする
のが当たり前のようでお母さんたちもバスの中であろうが屋外であろうがどこでも
授乳していた(笑) 5歳ぐらいになるまでおっぱいを飲んでいる子もいるんだとか。
ネパールのお母さんたち、そんなにたくさんおっぱいが出るのか?

次のネパール里帰りがいつになるか分からないけど、次はだいぶ楽に旅が出来る
ようになっているはず。大量のオムツと離乳食を持っていかずにすむのは嬉しい☆
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2015
03.24

往きはよいよい帰りはこわい

Category: ネパール
10日間滞在した村からカトマンズへ戻る日はまた1時間半ほどかけて
ジープがくる場所まで歩いた。上りばかりでまたヘトヘトになってしまった
けどニムの義理のお姉さん、妹は再び私たちの重い荷物を頭でかつぎ
持ってきてくれた。

ニムの妹は本当に働き者で朝は早くから薪でかまどに火を入れ体が
温まるお茶を煎れてくれ、朝食を準備。昼間は掃除をしたり小さな子供
たちの面倒を見て家畜の世話までこなして夜まで働きっぱなし。自分の
時間なんて全くない感じだった。オリーブちゃんのこともかわいがって
くれて、オリーブちゃんが泣くとあやしてくれたり、抱っこをしてくれたり
とても助かった。人見知りをしたオリーブちゃんだったけどこの妹には
よくなついていた。私はこの妹が大好きになって離れるのが寂しかった。
年頃なので自分の時間だって欲しいだろうなと思いつつ何も役に立て
なくて申し訳なかった。そんな働き者の妹の名前はSubi、そして今回
初めてのカントマンズへ行くことになったのでカトマンズで何か恩返しを
しようと決めていた。Subiの不在中はニムの3番目のお姉さんがお母さん
と一緒にいてくれることになっていた。残念ながら飛行機のチケットは私
とニムの分しか確保でなかったためSubiはバスで半日かけてカトマンズ
に来ることになった。カトマンズにはニムの一番上のお姉さんが暮らして
いるので妹はまずそちらへ泊まる予定になっていた。村から空港がある
場所までは一気にいけないので途中の大きな町に一泊することになり
翌朝の早朝に妹はバスで出発して私たちはまたジープに乗り一路空港
まで。予定通り朝の10時ごろには空港まで歩いてすぐそばまで到着した。

し、しかし、運悪くこの日の朝、カトマンズでは霧が出てしまい朝一番で各
方面に飛んでいく飛行機が飛ぶことが出来ず私たちの飛行機も来るんだ
か来ないんだかよく分からないまま…。私たちと同様に飛行機待ちをして
いる乗客は一軒ある食堂で食事をしたり道端に座り込んだりいつ来るか
分からない飛行機をひたすら待ち続けた。私たちも食事を済ませたらする
ことがなくオリーブちゃんを平らなところに寝かせようと食堂の上のベッド
がある部屋連れていくも全然寝てくれず。結局ニムの抱っこでずっと寝て
いた。やることが何もなくあまりに退屈になった私はもう昼間でも関係ない
とビールを飲み気晴らししていた 飛行機が来なければ帰れないの
だから仕方ないと分かってはいるものの、もう待ち疲れて早くカトマンズに
戻りたかった。どうしようもないと分かっていながらもニムにブーブー文句を
垂れていた。ブーたれているうちにSubiからもうカトマンズに到着したよ~
と連絡が入る。時間は午後4時、なんで飛行機よりバスの方が早くカトマンズ
に到着してるんだ~と余計にニムに文句を言ってしまった。そして時間は4時半
になり誰もがもう飛行機は来ないと思っていた矢先、空港に飛行機が到着する
サイレンが鳴った。すると、わ~っ飛行機が来る~ とみんな歓声をあげて
急いで空港に向かっていった。日暮れも間近なのによく来てくれたと私も嬉しく
て涙が出そうだった。別に次の日の朝には飛行機が来るので1泊ぐらい大した
ことではなかったと今では思えるのだけどその時はもうどうしてもカトマンズに
戻りたかった。私たちを乗せた飛行機は日没寸前ぎりぎりセーフでカトマンズの
空港に着陸した どうにか真っ暗になる前に無事に着陸出来て良かった
ちょっとひやひやしてしまった。それにしても朝から待つこと7時間とても長い
一日だった…。往きの飛行機はあの政治家の人が搭乗してくれたおかげで
定刻で離陸することが出来たからニムがラッキーだった
と言っていた理由がよーく理解できた。ま、でも霧だったんだから飛べないわけ
で7時間遅れてもしょうがないよね~とあの時はとても思えなかった心の狭い私。

タクシーの中から眺めた10日ぶりのカトマンズは何かとても新鮮だった

空港に行く途中で泊まったホテルで。大きな鼻ちょうちんがたくさんできて本人も
びっくり~

DSC_1444.jpg

何もないところで待ちぼうけはつらい…

DSC_1448.jpg

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2015
03.17

実家にて

Category: ネパール
ニムのお兄さんの快適な家から再びニムの実家へと戻ってきた。
相変わらず夜は寒いし部屋もホコリっぽいけどオリーブちゃんも風邪が
だいぶ良くなったので私もだいぶ気が楽になった。やっとせっかく来た村
での滞在を楽しもうと思えるようになった。ニムのお母さんと妹の仕事を
色々とお手伝いしたかったけど私が出来たのは部屋の掃き掃除ぐらい。

なんせ『かまど』だったから私には扱い方も分からず…。
一度だけ日本のカレーとコロッケを作って食べてもらった。ニムが村で
コロッケを作りたいからとカトマンズでパン粉を買って持っていったものを
使って大きなコロッケをたっくさん作った。嬉しいことにカレーもコロッケも
みんなに大好評であっと言う間に売り切れた 
あと、ニムがぜひ持って行きたいと言うのでわざわざネパールまで持って
いった『ごまドレッシング』はニムの2番目のお兄さんがとても気に入って
くれたのでお兄さんに食べてもらうことにした。後でカトマンズに戻ってから
マンジュに聞いたところこのごまドレがえらく気に入ったお兄さん、もし
カトマンズにごまドレがあったらもっと欲しいというので日本の食材がおいて
ありそうな店を探したけど残念ながらごまドレは見つからなかった。今度行く
時は大量にごまドレを持っていってお兄さんにプレゼントするつもり

実家にはマウンテンという白い番犬、ヤギ2頭、水牛1頭、ニワトリ数羽が
いた。家畜のえさやりや小屋の掃除なんかをしようかと思ったけどこの
水牛がおバカでニムの妹以外が近づくとすごく凶暴になるらしいのでこの
水牛と水牛のそばにいたヤギにもなかなか近づくことが出来なかった。
数羽いたニワトリは私たちの滞在中に段々と数を減らしていき…私たちの
胃袋に収まった (笑)  初めて食べた新鮮な鶏肉の歯ごたえはぷり
ぷりというよりぶりぶりで味も濃くて美味だった。ニムはもう出来ないらしい
けど村の男たちはさも簡単に鶏をしめて肉にしてしまう、そのあざやかな
手さばきはお見事だった ワイルドでかっこいいわ~。

週1便しかないカトマンズへ戻るフライトをどうにか確保できた私達。また
空港へ向かうためジープで延々と道なき道を進みどうにか空港まで辿り着く。

村の家族とのお別れはそれはそれは悲しかった、またあと数年は会えない。
今度この村へ来る時は暖かい時がいいと思ったけどニムいわく暖かい時期
はヒルがたくさん出るらしい、のでやっぱりまた同じ時期に行くことになりそう。
でも今度は寒さ対策は万全で行くぞ (雪はめったにふらないらしい)

と、その前にニムの実家の隙間風が入りまくりのだだっぴろい部屋をどうにか
暖かく快適にするべくニムのお兄さんにお金を少し送って手直しをしてもらう
予定。あの隙間風さえなんとかなればだいぶ快適になるんじゃないかしら。
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2015
02.18

あぁ快適

Category: ネパール
ニムの実家からさらに標高が高い所にある村に住んでいるニムの2番目のお兄さん
(私よりだいぶ若いけど…)の家はきれいで暖かいからということで風邪っぴきの
オリーブちゃんのためにそっちに行ってみることにした私たち。標高が高くなるという
ことは気温だってもっと下がるはずだしと少し心配だったけど、結果的にはここに
行ったおかげでオリーブちゃんの風邪もかなり良くなった お兄さんのお嫁さんの
マンジュには一度カトマンズで会ったことがあったので久しぶりの再会。

オムツ、ミルク、離乳食等のオリーブちゃんの荷物をバックパックに詰め終えたら
荷物が多くなってしまったのでニムのいとこに同行をお願いすることにした。そして
もう一人、11歳のお供も連れてニムがオリーブちゃんを抱っこ紐で抱っこして出発。

お兄さんの村まで3時間以上かかってやっと到着。ずっと上りでタフな道のりで
久しぶりの山登りをしてヘトヘトになった。でも私以外はみな全然平気といった感じ。
しかもいとこ2人はサンダル履きだしこの村に来た理由のもう一つの理由は「景色」。
ここからはエベレストを含むヒマラヤの山々が見事に見れるのでそれも楽しみで頑張
って登ってきたけど、初日を含め滞在していた1週間ずっと天気がイマイチという残念
な結果になったニム曰くこの時期にこんなに天気の悪いのは初めてかもしれない
たぶん私が来たからだよと言われた。でも確かに私がネパールにいる時は快晴って
少ないのよね。どんよりとした曇りが圧倒的に多いのは本当に私のせいなのかもと
思わされる、だってベストシーズンも含めて4回ともだもん

お兄さんの家は確かに綺麗で暖かかった。かまどにたっぷり火が入っていて部屋の中
もあったかで快適、暖かいってこんなにホッとするものなんだと思った。マンジュがだして
くれたミルクたっぷりのコーヒーが疲れた体に染みわたった。お兄さんは一階でお店を
やっていて村のコンビニみたいな感じ。そして養鶏、養豚もやっているので鶏を買いに
くるお客さんも多い。そして私達も新鮮な鶏肉のカレーをご馳走になって快適な二階の
ベッドルームで眠った。二階はちょっと寒かったけどニムの実家みたいにだだっ広くない
ので風がスースーすることもなくみんなで寝れば暖かだった。ただやっぱり夜中のオムツ
替えはお尻が寒そうでかわいそうだった

朝は寒かったけどエベレストを見たくて早起きして絶景スポットまで行ってみた。しかし
雲に隠れてしまっていてよく見ることができなかった。こんな調子で毎朝チェックに行った
のだけど結局一度、短時間だけしかクリアに見ることが出来なかった。本当はすごく綺麗
な山の景色が見られるのを前に写真で見ていて知っていたのでさすがにこうも毎日見れ
ないと落ち込むものがあった

最初は3日間ぐらいのつもりで来たのだけどオリーブちゃんがまだ治らないし居心地の良さ
にすっかり慣れてしまったのでさらに3日お世話になることにした。オリーブちゃんのミルク
が足りなくなったからニムといとこが実家に荷物を取りに帰った。その間に私はマンジュに
着いていき育てている鶏と豚を見せてもらったり、マンジュの実家にお茶を飲みに行ったり
した。マンジュは英語を話さないので私は数少ないネパール語の単語を駆使してどうにか
会話をしようと頑張った。不思議なことにこれがちゃんと通じていたのでやっぱり気持ちよ
ね~心は通じるものだわと嬉しくなった おかげでお別れがつらくなってさようならの時
は二人して涙してしまうことになったけど良い思い出ができた。オリーブちゃんもマンジュに
ネパール式のオイルマッサージをしてもらったりしてよく面倒を見てもらったおかげでだいぶ
具合が良くなった そしてまた3時間かけて下山、下りは上りよりさらに大変でひざが
笑うし転ぶし怖いし、もうネパールでトレッキングは無理かもと実感してまった

オリーブちゃん初の猫はグレーのこの子 暖かい場所をちゃんと知っている

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みんなで日向ぼっこ 左がマンジュ オリーブちゃん日焼けしてます

DSC_1318.jpg

エベレストではないけれど大迫力のヒマラヤの山 (山の名前は忘れた…)

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