FC2ブログ
--
--.--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2013
07.31

7月のおさらい ④

Category: 私たち
さっそくバイトの帰りにハローワークに行ったニム、私が書いて渡した職種のメモを担当者に
見せてこういう仕事はありませんかと尋ねたところ、ちょうど1件ヒットする職種があって
その会社がハローワークに近かったということもあり、そのまま面接に行ってしまった。その
会社の採用担当者と小一時間話をして(よくそんなに話すことがあったもんだ、しかも日本語で…)
その後の事はまず私(妻)の同意を得てからということになった。私が会社から帰ったら、ニムが
仕事が決まったよ~と言うではないか早いよニム展開が…。

ニムがもらって来た紙を見ると、給与、就業規則や注意事項その他色々と書いてあって、その内容
には問題なかったけど、仕事をするにあたり、制服や安全靴、その他諸々と買い揃える必要がある
物があって、全てその会社で発注してくれるということだったけど、全部揃えて総額3万円を超える。
初期投資にしては高すぎる!だって入社から3ヶ月はまだお試し期間なんだから、その間は色々な
物を揃える必要がないように貸し出してくれればいいんじゃない?そして、晴れて入社するという
ことになれば、自分の道具を揃えればいいのに。そこにちょっと胡散臭さが感じられ、う~む、
どうしたものかと思っていたけど、ニムはもうやる気満々で3日間仕事をすればとんとんだからと
言うから、最後はニムがやりたいと思うならいいよと返事をして折れた。そして、私もその採用
担当者の方とお話をしてみたところ悪い人ではないようなのでニムのことをお願いしますということ
になった。2-3日後にニムが重そうな大きなバッグをもらってきた、中身は制服(作業服)、安全靴、
その他よく分からない道具が色々と入っていた。ニムは新しい仕事にワクワク。私が担当者の人と話し
をした時に本来は週末に仕事はないけど日曜日にたまたま仕事があるので、試しに来てみたらどう
だろう?ということになった。でも、その仕事内容はこれから就く仕事とは関係ないというので、
私としてはこれからやる仕事と違う仕事ならわざわざ日曜日に行かなくてもいいんじゃない、すごく
暑いんだし…。とニムに言ってみたけど、ニムは行ってみるというので日曜日は朝からお弁当を作って
送り出した。くれぐれも気をつけてね、と何度も念を押して。

集合は朝7時、ニムはちゃんと間に合ったと集合場所の駅から一度電話をくれた。その日の仕事の
終了予定時間は夕方5時。休みの日はニムと一緒にいるのが当たり前になっているから一人だと
家事以外にやることもなくてつまらない。早く帰ってこないかな~と待っていたけど6時半を過ぎ
ても連絡がなかった。仕事が長引いてるのかな?と考えつつもうしばらく待つことにした。でも
連絡が全然ない、心配になった私はニムに電話をかけてみた。繋がった、ニムが出た。

「ニム~?仕事終わった?まだ?今どこ~?」と質問すると、ニムが英語で
「今日は大変なことがあって、僕とチームを組んで教えてくれた人が作業をしてた4-5mの場所
から落ちて亡くなった…。」と信じられないような事を言った。

「えぇ?はぁ?何?何それ、ニム、今日仕事で何があったのーーーーーーーー?」
もう目の前が真っ白になって、何も考えられなかった。誰かが亡くなったと言ったよね???

悲しいことに、それは本当に起きてしまっていた…。
ニムは朝から夕方まで警察で状況などを聴取をされて私が電話した時は会社の人たちと一緒にうちへ
送ってもらっている最中だった。この間私が電話で話をした人も一緒でその人が私と話しがしたいと
言ってるから、あと少ししたら外に出てきてと言われた。

それから間もなく、ニムが車で帰ってきた。この間話をした人が車外に出てきたので挨拶をした。
「何があったんですか?」と尋ねるとその人が教えてくれたのは、朝、仕事が始まってほんの10-
15分後にニムに作業を教えながら一緒に仕事をしていた従業員の人が作業場所で転落してそのまま
亡くなった。唯一その亡くなった人がどういう状況であったかを知っているのがニムだったので
ネパール人の通訳を交えて警察署でずっと事情聴取をされていたと。その亡くなった人は検死中で
これから死因が特定されるけど、もしかすると転落する前に心臓発作か脳梗塞かで既に亡くなって
いた可能性があるとも言っていた。ニムはかなりショックを受けているし、もうこの仕事は怖くて
出来ないだろうから、仕事は辞めてもらって構わない、揃えた道具もニムのサイズに合わせて発注
した物以外は返品してもらっていいと言われた。心の中でそんなの当たり前じゃ!と思ったけど
その人が悪いわけではなく、不幸な事故だったのだからとぐっとこらえた。

家に戻ってからもう一度ニムに何があったのかを聞いてみた。朝集合した時にその亡くなった人が
ニムを選んで二人でペアになった、とても親切で道具の使い方や安全ベルト(命綱)の使い方を
教えてもらっていたのに、その人は自分自身の安全ベルトを装着していなかった。ニムはその人が
落ちる瞬間を見たけど、自分も高い場所にいたからすぐに下に下りることは出来ず、大声で他の人
を呼んだんだけど、他の人が来たときにはその人はもう亡くなっていて耳か頭かから出血していた。
それからすぐに救急車がきてその人を運んでいった。ものすごい数の警官がやってきてニムも警察
に行き、派遣されてきたネパール人通訳を介して自分が見たこと全部を話した。
これが7/7にあった出来事。その日は七夕、珍しく雨も降っていないから(早々に梅雨明けして)
天の川が見えるかも~、でも東京じゃ無理か、なんて思いつつ始まった日だったのに…。

(長くなったので続く。)
スポンサーサイト
Comment:0
2013
07.29

7月のおさらい ③

Category: 私たち
妊娠が確定してからちょうど1ヶ月経つけど、もちろんお酒は一滴も飲んでない。
今までの人生でお酒を1ヶ月も飲まなかったことなんて過去にたった一度だけ。
昔、精神的なことから胃を悪くしてお酒ダメ、食事も消化の良い物だけしか摂っては
いけないという私には試練のような時があった。でも、本当に不思議なことに今は
お酒を飲みたいとはこれっぽっちも思わない。それどころか、テレビでお酒のCMを
見るとオェェ~っとなるほど(笑)お酒大好きの私がこうもすんなりお酒を止められる
とは…。妊娠してからというもの自分の身体に起こる色々な変化に驚く毎日。
そしてそれが結構楽しかったるする

ようやくニムが素直に自分の気持ちを話してくれた。
私とニムは10月末からネパールのお祭りシーズンに合わせて2週間ほどの里帰りを
予定をしていて、私にとっては初めてのニムの田舎の家族とのご対面が叶う予定だった。
ニムもこのお祭りが大好きで、でも、ガイドの仕事をしていた時はトレッキングシーズン
真っ只中のためいつも仕事が入ってしまってお祭りシーズンを家族と過ごすことが出来
なかった。だから今回は私を自分の田舎に連れて行って家族と一緒にお祭りを楽しむのを
心から楽しみにしていた。でも私が妊娠したことでそれが全部ふいになってしまったこと
が残念で落ち込んで、赤ちゃんのことを心から嬉しいと思えなかったそう。一番残念だった
のは私を自分のお母さんに会わせることができないということ。お母さんはもう年だから
いつまで元気でいるか分からない、だからなるべく早く私を会わせたいという強い思いが
あって、それが一番残念だったよう。ニムの気持ちも理解できる。だって、つい昨日まで
ネパールであれしよう、これしよう、と楽しく計画を練っていたのに、何の前触れもなく
突然ネパールには一緒に帰れなくなり、久しぶりの家族との再会も遠のいてしまったら
ガックリするだろう。そんな子供みたいな!と思われるかもしれないけど私はよく理解
出来るからこの話を聞いて納得。本当に一緒に田舎に行くことをずっと楽しみにしていた
からね… 私もネパール里帰りのことはとても残念でなかなか諦められなかった。その
頃になればもう安定期だし、道が悪いから田舎には行けないかもしれないけどカトマンズ
までなら行けるでしょ!と、最終的に諦めがつくまで相当往生際が悪かった。

私は行けないけど、ニムは予定通りにネパールに行っておいで、そうして欲しいと言った
のだけど最終的に今年はニムもネパールには帰らないことになった

妊娠の事が分かるちょっと前からニムが新しい仕事を探したいと言って、またハローワーク
に行くと言っていた。次は「手に職」の仕事がしたい、と言っていたので私は塗装やさん、
大工さん、配管工、解体工、いわゆるガテン系の仕事ならどうだろうと軽い気持ちでニムに
こんな仕事はどう?ハローワークの担当の人にこういう仕事がしたいって言ってみな、と
ニムがいつも持ち歩いている小さなノートに職種名を書いて渡した。赤ちゃんが生まれる
ならニムにも転職をしてもらってたくさんお給料をもらってきてくれた方が私もありがたいし
なんて本当に単純な考えでニムに頑張ってね~と言ったのだけど、この後、ニムがとても
悲しい出来事に遭遇してまうことになる。後悔先に立たず…。

Comment:2
2013
07.26

7月のおさらい ②

Category: 私たち
妊娠が確定から次のクリニックの受診までの間、私たちはどうしていたんだろうと
今、思い出そうとしても思い出せない…。確かクリニックの助手の人が妊婦は
物忘れが激しくなるから、色々とメモを取ったほうがいいと言っていた。確かに
これまで何度か本当だ!と思ったことがあったので本当に物忘れがひどくなると
困るので、ちょっとした日記を(なるべく毎日)つけることにした。

日記によると、クリニックに行った翌日、相変わらず自転車通勤をしていた私は
朝の通勤時に住宅街の細い道でおじさんの乗った自転車に横からぶつかられる
という冷や汗ものの出来事に遭遇していた。おじさんがぶつかってくるその瞬間に
「お腹を守れ!」という指令が脳から届いて間一髪のところでおじさん直撃をかわし
太ももが少し痛むくらいで済んだ。妊娠をあまり喜んでいないはずの私だったけど
母性本能はちゃんと働いているようだと気づいて嬉しかった。あの瞬間のことは
きっとずっと忘れないと思う。日記には自転車通勤はやめよう、安全第一と記して
あった。← でもしばらく楽さに負けて自転車通勤を続けていたけど…。

つわりの症状が徐々に出てくると、本当に赤ちゃんがこのお腹の中にいるんだと
実感もわいてきた。不安や恐怖はまだまだあるけど赤ちゃんの存在をどんどん
意識し始めるようになった。ある夜、ニムにニムは赤ちゃんが出来て嬉しくないの?
どう思っている?と聞いてみた。もちろん嬉しいよと答えていたけど、何かが
ひっかかっているような、歯切れが悪いような、私はそう感じた。何度も聞くのも
嫌だし、嬉しいって言ってるんだからいいやとそれ以上は聞かなかった。でも、でも
ニムの心の中に何かがひっかかっているような気がしてならなかった。そしてそれは
後日判明するんだけど。

この頃はまだ本当に赤ちゃんを産みたいかどうか、今までの生活と思い描いていた
ニムとの未来予想図を捨てても後悔しないのかと色々な考えが交錯して、気が付くと
このことばかりを考えていた。

でも、
心の奥の方ではこの赤ちゃんを産まないという選択は私には出来ないと知っていた。
大好きな私のだんなさんの子、私たちの子。
Comment:0
2013
07.25

7月のおさらい ①

Category: 私たち
前回ブログを更新してから1ヶ月以上も時間があいてしまった…。

6月後半から私たち夫婦には重大な出来事がいくつかあって、なかなかゆっくり
PCに向かう時間もなく、ようやく最近になって気持も落ち着いてきたので忘れて
しまわないうちに、そして会社をさぼっている今日(また!)は時間がたくさん
あるから今日のうちにブログを更新するのだ。

ニムとの結婚に続いてこちらも人生最大級の出来事。

6月下旬に私のお腹に赤ちゃんがいることが判明。妊娠が分かった。

最初に市販の検査薬でテストをして「陽性」の判定が出た時の私の心境は、
「やばい、どうしよう…」。結果を見ても半信半疑でいくら検査薬の性能がいいと
言っても間違うことだってあるでしょ?99%の正確さをうたう検査薬の残り1%
がこの結果なんだと思おうとしていた。なぜか妙に冷静だった私はすぐにかかりつけ
の婦人科に予約を入れた。ちょうど乳がん・子宮がん検診をする時期だったので
妊娠しているかの検査も一緒にしてもらうことにした。この日は市販薬の判定結果
はニムには伝えなかったので悪い事をしている気分だったけど、確定するまでは
言うまいと思っていた。

当日はさすがに私もドキドキしていて、早く結果が知りたい!と思った。
なんだか婦人科までの道のりがとても長く感じて、ドキドキ、ドキドキ。

子宮がん検診では「経膣プローブ」という棒状の超音波発信装置を膣の中に入れて
検査する。先生がそれを入れた瞬間に「あっ!もう見えてるね」だか「あ、いるねー」
だかと言って助手の人と何やら話しているのが聞こえた。このクリニックでは先生と
患者の間にカーテンで仕切りがされないので私もモニターを恐る恐る覗いてみると、
何やら長細い黒い影のようなものが映し出されていて先生たちはこれについて話を
しているようだった。(後でこの黒い影は胎嚢(たいのう)という赤ちゃんが入って
いる袋だと分かった)、この瞬間私の妊娠は確定して先生からおそらく4週後半くらい
だろうと告げられた。ちゃんとした妊娠週数を計算するために翌週にもう一度来てと
言われさっきの助手の人が「妊娠中の食事と栄養」、「Birth」という冊子を
持ってきて「葉酸」が大事だからどこどこ製薬会社から販売されているマルチビタミン
をすぐに買って飲み始めるようにとか、その他栄養に関する事を10分くらい説明して
くれ、翌週の予約を取って検査終了。私、おめでた…。 

クリニックを出て歩き始めたら、なんとなく涙が出てきた。今、自分のお腹の中に
赤ちゃんがいるという事がまだ信じられず、浮かんでくるのは「どうしよう…」。
恐怖と不安と少しの喜び。なんで私は赤ちゃんが出来たことをあんまり喜んでないん
だろう?と自分が鬼のように思えてきた。実際、この時からしばらくは赤ちゃんが
出来たことをあまり嬉しいと思えなかった。

その日の夜、ニムに妊娠の事を伝えると最初は私が冗談を言ってると思ったらしかった。
本当なんだと分かった後も特に喜んでいる感じはなくて私はニムの想像と違う反応に少し
寂しくなってしまった。勝手な想像だけどニムは子供が好きだし、絶対にすごく喜んで
くれるんだと思っていたから。そしてその喜ぶニムを見たら私も喜べるんだと思っていた。

ニムと私は今まで子供は持てなくてもいいよね、ずっと二人でいいよね、頑張って仕事を
してお金を貯めて、二人で色々な国へ旅行に行こうね、と話していたので、子供を持つ
ということが全く現実的に思えなかったんだと思う。子供を持つことで私たちの人生は全く
違ったものになるという現実も受け入れがたかった、ニムの心中も私と一緒。嬉しいとう
気持ちより驚きと不安の方が勝ってしまって、ああ、嬉しい!と思うことが出来なかった
んだと思う。

お腹の赤ちゃんもそんな両親の反応は寂しかったに違いない…。
ごめんなさい。

Comment:2
back-to-top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。